置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、日本の山形県の内陸部南部を指す地方名。

置賜地方は、南東部の米沢市を中心とした米沢都市圏、南陽市を中心とした南陽都市圏、長井市を中心とした長井都市圏の3つの都市圏がある。

地理
置賜地方は、旧郡の置賜郡一帯に相当する地域名称で、四方を奥羽山脈や吾妻山地、飯豊山地などの山に囲まれている。東は宮城県や福島県福島市と接しており、北に山形県村山地方、南に福島県会津地方、北西に庄内地方、新潟県下越地方と接する。また、庄内地方に河口を持つ最上川の上流部にあたる米沢盆地と、下越地方に河口を持つ荒川の上流部にあたる小国盆地(小国町)の2つの流域があり、両者は出羽山地の分水嶺で分けられる。小国町は下流の新潟県村上市などとの交流が盛んであるため、置賜地方は、小国町とその他の地域の2つに大きく生活圏が分かれている。

県庁所在地である山形市を中心とする村山地方は、政経両面で山形県の中枢部となっているが、村山地方から東京への陸上交通には、置賜地方を通って福島県に至る山形新幹線と国道13号がある。置賜地方を通って東北道と繋がる東北中央自動車道 福島大笹生ICから米沢北IC間が開通し置賜地方は高速道路が通るようになった。
南側の福島県会津地方との間は国道121号、西側の新潟県下越地方との間は米坂線と国道113号で繋がる。

気候
盆地であるため、一日のうちの寒暖の差が大きい。冬期間は、日本海からの季節風の影響で、豪雪地帯として知られる。高地を利用した放牧畜産が盛んで、米沢牛が有名である。

行政
行政的には、置賜総合支庁が管轄するエリアである。中心都市は米沢市。山形県に統合する以前は、置賜県(※1)が置かれた時期もあった。
現在の市町村区分。
米沢市・南陽市・長井市・東置賜郡( 高畠町・川西町)・西置賜郡( 小国町・ 白鷹町・ 飯豊町)

文化、地域
江戸時代を通じて、上杉氏の米沢藩がほぼ全域を領有したため、独特の郷土料理や方言などの藩政文化が育まれた。山形県内は、自然障壁が多く、多数の藩に分かれていたため、地域によって異なる文化を持っており、現在も県内を4つの地方に分割して支庁を置いている。
周囲の地方のうち、特に山形新幹線・奥羽本線で繋がっている山形市および福島市との結びつきが強い。近年は、米沢市と仙台市との間で高速バスが運行されるようになった(→仙台 – 米沢線)。
観光面では、飯豊山地を挟んで南北に接する会津地方と合同で観光ガイドを出す場合がある。江戸時代の風情が残る城下町の米沢・会津若松・喜多方、米沢側の山中にある白布温泉と会津側の裏磐梯など、観光資源の共通項が多いことと、両地域を結ぶ国道121号や山岳観光道路が整備されたためである。

(※1)
置賜県(おきたまけん)は、1875年(明治8年)に羽前国南部を管轄するために設置された県。現在の山形県置賜地方にあたる。
主に旧米沢藩の支配地域を管轄した。江戸時代を通じて同藩が置賜郡のほぼ全域を領有したため、独特の郷土料理や方言などの藩政文化が育まれた。

沿革
1871年(明治4年)11月2日
– 第1次府県統合により米沢県が廃止され、置賜県が発足。県庁は置賜郡米沢(現在の米沢市)に設置。
1876年(明治9年)8月21日
– 第2次府県統合により山形県に合併。同日置賜県廃止。

歴代知事
1871年(明治4年)11月2日 – 1872年(明治5年)4月9日 : 参事・高崎五六(元鹿児島藩士)
1872年(明治5年)4月9日 – 1872年(明治5年)11月2日 : 参事・本田親雄(前少議官、元鹿児島藩士)
1872年(明治5年)11月2日 – 1872年(明治5年)11月23日 : 参事・関口隆吉(元幕臣)
1872年(明治5年)11月23日 – 1873年(明治6年)5月29日 : 参事・芹沢政温(前置賜県権参事)
1873年(明治6年)5月29日 – 1873年(明治6年)11月2日 : 参事・関義臣(前鳥取県参事、元福井藩士)
1873年(明治6年)11月2日 – 1874年(明治7年)9月20日 : 権令・関義臣(前置賜県参事)
1874年(明治7年)9月20日 – 1876年(明治9年)8月21日 : 権令・新庄厚信(元岡山藩士)