「白川ダム湖岸公園(水没林)」という名称は、正確には「白川湖岸公園」と、そこで見られる景観である「白川湖の水没林」を合わせたものです。この独特な景観は、白川ダムの建設と、その後の自然の営みが織りなす歴史によって生まれました。
白川ダムの歴史と水没林の誕生
ダムの建設背景と経緯:
- 山形県の白川ダムは、最上川水系置賜白川に位置するダムです。
- この地域は、昭和42年(1967年)8月の「羽越豪雨」によって甚大な水害に見舞われ、小国町、飯豊町、長井市などで大規模な氾濫が発生しました。また、夏場の水不足にも長年悩まされていました。
- これらの問題を解決するため、洪水調節、工業用水・農業用水の供給、そして発電を目的として、多目的ダムである白川ダムの建設が計画されました。
- ダムの本体工事は昭和46年(1971年)5月に着工し、昭和55年(1980年)10月に完成しました。高さ66メートルのロックフィルダムです。
- ダム建設に伴い、104戸の集落が水没するなど、139戸の住民が移転を余儀なくされました。
水没林の形成:
- 白川ダムの完成後、毎年春の訪れとともに大量の雪解け水がダムに流れ込みます。
- これにより、ダムは満水状態となり、湖畔に自生していたヤナギなどの木々が水に浸かります。これが「水没林」と呼ばれる幻想的な景観の始まりです。
- 当初は、水没した木々が景観を損ねると考えられ、伐採されることもあったそうですが、近年ではその自然美が評価され、貴重な景観として保護されています。
- 特に、4月下旬から5月下旬にかけての雪解けの時期が水没林の見頃とされ、新緑の木々が水面に映り込む光景は多くの観光客を魅了しています。この時期には夜間のライトアップも行われ、昼間とは異なる神秘的な雰囲気を楽しめます。
白川湖岸公園の歴史
- 「白川湖岸公園」は、白川ダムの完成後、周辺が整備されて生まれた公園です。具体的な開設時期は白川ダムの竣工と同時期(昭和55年〜56年頃)と考えられます。
- この公園は、ダム湖畔の豊かな自然を生かし、パークゴルフやキャンプなどのレジャーを楽しめる場として整備されました。また、水没林を間近で鑑賞できるビューポイントでもあります。
- ダム建設で水没する集落にあった水仙を、当時の婦人学級の方々が県道脇に植栽し、今も地区住民によって手入れが続けられているというエピソードもあり、地域の歴史と人々の温かさが感じられます。
このように、白川ダム湖岸公園と水没林は、人々の暮らしと自然、そして地域の治水・利水への願いが結びついて生まれた、歴史と美しさを兼ね備えた場所と言えるでしょう。